コーチの割れ窓理論【月森裕樹子コーチ】
こんにちは、リーダー変容コーチの月森裕樹子です。
お気に入りのカフェの、窓際の席に座っている。
差し込む柔らかな光を眺めながら温かいコーヒーを口に運ぶとき、私の心は穏やかなリフレクション(内省)の時間へと入っていく。
こうして自分の内なる声に耳を傾けることは、コーチという生業を営む私にとって、何より大切な調律の時間だ。
ふと、かつての私がよく口にしていた言葉が頭をよぎる。
「私は大丈夫、まだ頑張れる」
責任感が強く、真面目な人ほど、この言葉を日常のなかで何度も自分に言い聞かせているのではないだろうか。
ビジネスの現場なら、「今は本業が忙しいから、あの課題は後回しでも仕方ない」という、誰もが納得するような「立派な言い訳(正論)」を盾にしていることもあるかもしれない。
だけど、この「大丈夫」や「正当な忙しさ」という言葉の裏に、実は自分自身や組織をじわじわと崩壊させる「最初の割れ窓」が隠されているとしたら、どうだろう。
犯罪心理学に「割れ窓理論」という有名な話がある。

建物の割れた窓ガラスを1枚そのまま放置しておくと、やがて街全体の治安が悪化していくという考え方だ。 実はこれ、人間の心やキャリア、あるいは経営の現場でも、全く同じ負の連鎖が起きている。
誰かに尊厳を傷つけられるような言動をされたとき、「自分が我慢すればいい」と飲み込んでしまう。
それは、自分という環境に対して「お前の感情には価値がない」という割れ窓を放置する行為だ。
複業をしたいのに「本業が忙しいから」と後回しにしたり、経営者自身が「目先の売上」ばかりを見て会社の本質的な課題から目を背けたりするのも同じこと。
直視したときの恐怖や痛みを避けるために、私たちは無意識に「あえて鈍感になる」という強固な防衛反応をとる。
かつての私は、まさにこの罠にどっぷりはまっていた。
自分の感覚を麻痺させ、体の悲鳴を無視して病気をこじらせたり、ハラスメントにすら気づけない状態に自分を追い込んだりした。だからこそ、その痛みが、そして「麻痺せずにはいられなかった切実さ」が、痛いほど分かるのだ。
だからこそ、私はコーチとしてクライアントと向き合うとき、一般的な「目標達成」や「行動変容」だけを急ぐことはしない。 私が何より大切にしているのは、もっと手前にある。
「クライアントが麻痺させてしまった感覚を取り戻し、心の警報器を繋ぎ直すための関わり」だ。
誰しも、一見前向きな正論の裏に、隠された「割れ窓」を抱えていることがある。
その笑顔の裏にあるかもしれない、まだ言葉にならない小さな痛みに、私は静かに耳を澄ますようにしている。
「逃げている自分はダメだ」と責める必要は一切ない。
ただ、「あ、自分は今、失敗や痛みが怖くて、必死に自分を守ろうとしていたんだな」と、本人すら気づいていなかった無意識の防衛反応を、ともに客観的に、優しく観て認める。

その安全な対話の場があるだけで、最初の割れ窓の修復は静かに始まっていく。
小さな違和感を客観的なデータとしてただ「観る」。
そして、アイメッセージで「私はこう感じた」と伝えることは、周囲への攻撃ではなく、「ここに窓があります。
私はそれを大切にしています」という尊厳のルール共有なのだと、お互いの信頼関係のなかで育んでいく。
どうしても窓を叩き割り続けてくる環境なら、そこから「離れる」のも立派な、そして毅然とした選択肢であることを、私は全力で肯定したい。
「自分を大切にする」とは、決してわがままに生きることではない。
自分というかけがえのない環境の「治安維持」に、自分が責任を持つことだ。
クライアントが自分自身の人生や組織の治安維持に責任を持ち、自分らしく、充実感を持って歩き出せるようになるまで、私はその道のりに静かに伴走し続けたい。
今日も「大丈夫」と自分に言い聞かせながら、誰かのために奔走しているあなたへ。
あなたの心や、あなたの目標という美しい建物の窓ガラスは、気づかないうちに割れたままになっていませんか。
温かいコーヒーを飲み干す前に、ほんの少しだけ、あなたの内なる声を私に聴かせてほしい。
この記事のコーチは

月森 裕樹子コーチ
人事コンサルの俯瞰力と社長直下の現場感覚。本音を戦略に昇華し、自分らしく組織を動かすリーダーとしてのあり方を伴走支援。

